【ライブビューイング】聴衆を音楽の芸術性に近づけるテクノロジ

2021年10月5日火曜日

音楽制作・活動 研究

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現代人が手に入れた新しい音楽鑑賞の価値を探る

■音楽の視覚的要素の変化

テクノロジの進歩は、これまで人々の暮らしの中で、自己の便利さを実現させてきた。

音楽も、昔はコンサート・ライブ等で演奏者と聴衆が同じ空間にいなければならなかったものが、このテクノロジによってレコード、CD、ダウンロード等発信の形を変え、手軽に聴く事ができるようになった。

しかし一方、利便性と引き換えに、演奏者の姿が見えなくなった現代の音楽の形に疑問が沸いた。「NO MUSIC, NO LIFE.(音楽なしでは生きられない)」というタワーレコードのキャッチコピーに多くの人が共感したように音楽は私達の生活に至福の時間を与えてくれる大切な娯楽である。

そこでテクノロジと混ざり合う音楽鑑賞の在り様について考察しつつ、私達が音楽から得られる感動をより豊かにするために、音楽の視覚的要素の必要性について論じたい。

■音楽の定義

『日本国語大辞典』(第二版)では、音楽とは、「音による芸術であり、音の強弱、長短、高低、音色、和音等を一定の方法によって取捨選択して組み合わせ、人の理性や感情にうったえるもの。

人声による声楽、楽器による器楽とに大別される」と述べられており、視覚的な要素を含まない。

しかし、『世界文芸大辞典第2巻』によると、音楽には客観的な音と、主観的な鑑賞の二つの側面があり、両者が完全に説明されてこそ音楽の本質を理解できるとある。

音楽には人間が演奏するものと、機械を使って音を鳴らす自動演奏がある。

また、音楽には映画やアニメーション等、別の芸術と組み合わせて聴衆の感受性に訴えるものがある。

本レポートでは、音楽を、人間が表現する歌と楽器による演奏と定義し、鑑賞は演奏者の演奏を指すものとする。

スマホで撮影






■音楽視聴におけるユーザーの意識調査

コンサートプロモーターズ協会「基礎調査推移表(平成29年)」によると、当協会員の事業者が開催したコンサート及びライブの年間公演数が2001年では9910回だったものが、一部減少する時期があるものの概ね増加していき、2016年には29862回と凡そ3倍に増えている。

従って、音楽を聴くための様々な方法が確立されたとはいえ、日本社会において音楽を直接鑑賞したいという需要は衰えていないと言える。それでは音楽鑑賞に現代のテクノロジを交えるとどうなるだろうか。

日本レコード協会「2016年度音楽メディアユーザー実態調査」によると、「パッケージ購入・楽曲ダウンロードの理由」と題して行ったアンケート調査(複数回答可)では、理由の1位の「アーティストが好きだから」(82.4%)に対して「お金に余裕ができたから」(5.7%)、「無料で音楽を聴けるアプリ等では聴く事ができなかったから」(5.6%)と金銭的な理由は9から10位目に位置し、楽曲への購買意欲に決定的な影響を与えるものではない。

同協会の「主な音楽聴取手段」というアンケート調査(複数回答可)では、YouTubeが42.7%で最も多く、CD38.4%、音楽ファイル27%と続く。

前述の金銭的理由が購買意欲に大きく影響していない事に鑑みると、YouTubeの特性である映像という要素が、無料というもう一つの要素に勝って聴衆を惹きつける要因になっていると考えられる。

またCD、音楽ファイル等、利便性に特化した形よりも、ある程度の利便性を保ちつつ映像の要素を付与したYouTubeの利用率が上回った事は、聴衆の音楽的価値が映像の必要性を選択した事を意味する。

次に映像が音楽をより魅力的にしているとする根拠にはどのようなものがあるだろうか。

■クラシック音楽界の視覚的要素の重要性

第一に演奏者に焦点を当てたい。

『ピアノ名曲100選グレードB』に載っているシューマン作曲のトロイメライの楽譜には、指を交差させる等、特別実用性と直結しない指使いが多く見られ、聴覚に訴える一般的な音楽的表現とは別に、視覚的な工夫が凝らしてあると考えられる。

河瀬諭(2016)はシューマンの言葉を引用して「もしリストが舞台の裏で演奏していれば、詩的なものの大部分は失われてしまうだろう」と映像の大切さを述べている。

Chia-JungTsay(2013)の実験では、世界的に有名なコンクールの映像を一般の人々に見せたところ、音付きよりも音無しの方が、優勝者を当てられる確立が高かったという結果を得た。

従って、映像が音楽の価値の重要な判断基準の一部になっている事がわかる。

すると、聴衆側の便利さを追求した結果、かつては当たり前であった「音楽を目で見る」という部分が失われてしまう事は軽視できない。

■現代のテクノロジによる視聴形態の利点

第二に音楽映像を支えるテクノロジに焦点を当てたい。

日経新聞(2013年10月11日)によると、予め撮影したライブ映像や中継映像を、実際の会場とは離れた映画館で上映するライブビューイングという手法があり、昨今、音楽産業を新たに盛り上げているとある。

ライブビューイングの利点は、YouTubeの場合と同じく、聴衆にとって以前よりも身近な場所で、音楽鑑賞ができるようになった事もその一つとして挙げられるが、映像に関して言えば、映像の技術者が撮影し、編集したものを見る事ができるというのがその最たるものであろう。

つまり、これまでライブでは、生で鑑賞する臨場感はあったものの、自分の席という一定の角度からしか見る事ができなかったり、離れた場所からしか鑑賞できなかったりと、演奏者の演奏、表情の細かな部分が見えづらかったが、それが解消されたのだ。

聴衆も専門家と同じ目線で鑑賞できるという事は、演奏者の最良の姿を発見する機会が増えるという事でもある。

■音楽と演奏者は再び一つに、そして聴衆をさらに近くに

音楽は視覚的にも魅力のある芸術である。

とはいえ、昔のようにコンサート・ライブで鑑賞せよと、単なる原点回帰を促すつもりはない。

私がここで述べたいのは、音楽を聴く時、音楽を奏でる演奏者の姿を忘れてはいけないという事である。

かつて音楽と演奏者とは一体であった。

音楽の芸術性は演奏者の演奏する姿からも表現された。しかし、全ての人がそれに気付ける訳ではなかった。

それ故、ある人は何百回と同じ曲を繰り返して聴き、その内に秘められた感動を理解しようとした。

またある人は、自分が同じものを演奏する事を通して、その演奏者なる芸術家と感性を共有しようとした。

今日、それを忘れない者にとって、テクノロジにはより多くの聴衆をいとも簡単に演奏者の間近へ連れて行く力がある。

元々一つであった音楽と演奏者の中に、聴衆をも深く内包し三位一体となすのである。

2017年7月提出

参考文献

  1. Chia-JungTsay(2013)「Sight over sound in the judgment of music performance」『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United states of America』 http://www.pnas.org/content/110/36/14580.full(2017年7月25日)
  2. 一般社団法人日本レコード協会(2017)「2016年度音楽メディアユーザー実態調査報告書-公表版-」 http://www.riaj.or.jp/f/pdf/report/mediauser/softuser2016.pdf(2017年7月1日)
  3. 河瀬諭(2016)「演奏する姿は大切」『ON-KENSCOPE』 http://www.yamaha-mf.or.jp/onkenscope/kawasesatoshi1_chapter4/#kome18
  4. ドレミ楽譜編集部「曲目解説」『ピアノ名曲100選グレードB』自由現代社,8.
  5. 日本国語大辞典第二版編集委員会小学館国語辞典編集部(2001)『日本国語大辞典第二版第三巻』小学館,79.
  6. 吉江喬松編(2004)『世界文芸大辞典第2巻』日本図書センター,244.
  7. 日本経済新聞「生中継で色めく音楽ライブサザン復活で映画館に6万人」2013年10月11日日経デジタル http://www.nikkei.com/article/DGXBZO60910750Q3A011C1000000/(2017年7月27日)
  8. PexelsによるPixabayからの画像

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