【短編小説】思い出と愚痴を呼ぶ電話

2021年12月7日火曜日

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思い出と愚痴を呼ぶ電話

古い電話

白髪の女性が働く団地があった。女性達は皆、郵便局に雇われて毎日、プレハブ小屋に送られる、かごにどっさり入った大切な紙切れを配っていた。


太陽が元気に照り始める頃、若くてシャムネコみたいな男がプレハブ小屋にはがきと一緒に送られてきた。「ここで働くことになった桃山耕作と言います。どうぞよろしく」

彼と一緒に煙草の好きな配務課課長の根岸が小屋の中を見渡してから言った。「汚いなー」

桃山は小屋の壁に辺り一面貼り付けられた名札を見たが、課長のように汚いとは思わなかった。白髪の女性達は冷たい口調で名札の必要性を課長に説明した。課長は女性とは目を合わさずに名札の貼り付けられた壁を眺めて「汚いなー」と言った。

課長はシャムネコを置いて本局へ帰った。男は礼儀正しく、紳士的ではあったが話しかけにくい冷たそうな雰囲気を漂わせていた。

女性は三人いて、桃山にはがきの配り方を教えたのがほっそりとした貴婦人内藤婦人であった。おばさん達は桃山のする他愛のない重要な質問に答えた。葉書なんて氏名と住所番号を見れば誰でも配れる扱いやすい商売道具だが、効率を上げるためには何かと手の込んだことをしなければならなかった。

課長が泥人形みたいな言葉を残して帰って行ってしまったので女性達はそれを片付けるのに手を動かさないで口を動かした。おばさん達は泥人形をかき消してしまうと、手が動くのを許した。

桃山はお昼休みにおばさん達とレストランに行き、自分は春風薫るオムライスセットとチョコレートパフェを注文した。桃山が注文した後、おばさん達はハーブティーやら紅茶やらを頼んでいた。桃山はオムライスセットとチョコレートパフェが来ないことを願った。いや、せめてオムライスが来なければ何とかヒヨコにならないで済むだろうと思った。

しかし、セットと言うだけあってスープとジュース付だった。シャムネコは猫に睨まれたヒヨコみたいにちっちゃくなってスープをすすった。

「私達はおなかが小さいから」と内藤婦人は桃山に微笑みかけて言った。「お昼ご飯は食べないのよ。もう、慣れてしまったから何ともないけどあなたは若いから大変ねぇ」

ヒヨコはレストランを出るまでヒヨコのままだった。プレハブ小屋に帰ると転居の処理に取り掛かった。

桃山は課長みたいに汚いものを口から出さないように自分を戒めるとおばさん達に言った。「この名札は全部、転居した方の氏名と住所が書かれているようですが、よく考えましたね」

ほっそりした内藤婦人は太い声で言った。「そうでしょ?これがあれば転居した人を確認しながら葉書を区分できるのです。課長さんは知らないんですよ。この団地の人の出入りがとても激しいことを」

桃山は慰めのつもりで言ってみた言葉から、この仕事の本当の忙しさを知る手がかりを見出したのだ。その通り本局で処理されないすでに転居している住人の葉書が自給の給料をレストランのランチセット分ほど高くした。

桃山は初日に残業を食らっておばさんの給料もチョコレートパフェを食べられる分、高くなった。

雇われているおばさんの人数は六人で入れ替え交代で働いていた。力のみなぎる若者は日曜日と土曜日以外ほとんど働いた。一週間で三回内藤婦人と働く日があった。桃山は内藤婦人と歳が離れていながらも気が合うようで仕事の終わりにはよく話をした。

桜の花が地面からも見られなくなって青々とたくましい葉を伸ばした頃、一人のおばさんが体を壊して働けなくなってしまった。そのために桃山は日曜日以外完全に休みを取らないで働くことになってしまった。桃山はそのスケジュールを見ると冷や汗をかいた。

「たくさん稼ぎなさい」と内藤婦人が楽観的に言った。「若いんだから、それに今年は四月から働いたんだからいくらがんばっても年収を百万円越すことはないでしょう?」

桃山は神様が必ず助けてくださるだろうと祈りながら働いた。その頃、本局では根岸課長が新しい働き手を見つけるために数人の部下達と探し回り、アルバイト募集の看板を本局の前に立てた。

桃山が月曜日から一回も休まず金曜日まで働いた日、これから、夜間大学に行こうと思うと足が動かなかった。内藤婦人は「明日は私が桃山君の代わりに働きましょう」と言った。

桃山は富士山のふもとから頂上まで登って帰りはロープウェイかヘリコプターで家のふかふかのベッドに連れて行ってもらうような心地よさと安心感を感じた。桃山の安堵の表情は誰でも「おめでとう」と言いたくなるような喜びに満ちた気さくな雰囲気を漂わせていた。

それからというもの桃山の休みは一日増えて内藤婦人は忙しくなった。

その夏はどこのアスファルトも柔らかくなって子供が地面をいたずらして崩せるほど暑い日が続いた。団地のおばさん達は休みを取りたがり、桃山は日曜日以外毎日働くことになった。仕事が終わって学校が休みでよかったと思ったのは、久しぶりだった。

一日三人で作業していたのに二人になってしまった時もあった。そんな時、課長の差し入れが届いた。その差し入れはとても長持ちしそうで、そうはなくならないだろう元気な青年だった。青年が入ってから、一日三人で働けるようになった。「猪瀬さん誤配をしないように」と桃山の説教が行われた。「早く配るよりも正確に配ってください。責任者にとってせっかちはのろまより痛手です」

瑞々しい梨が内藤婦人の隣の畑で採れる頃、夏の暑さですっかりまいってしまったおばさん達は次々と辞めて行った。

桃山の田舎からみかんがどっさり送られてきた時はもう、おばさんは二人しかいなかった。皆、若い男性に入れ替わってしまって桃山は皆の先輩だった。

ところで、残った二人のおばさんの中にほっそりとした人はいなかった。残ったおばさんはおばさんの中でも一際、しわが少なく白髪の少ないおばさんだった。内藤婦人はしわと白髪の数が似ている女性と共に仕事を辞めた。

桃山が実家から送られてきたみかんを全て食べてしまった次の日、年賀状を配るために高校生のアルバイト達が十人雇われてプレハブの中は積み上げられた葉書と人を避けるのに一苦労だった。

年賀状の区分をする四人の少女達は手より口が専門だった。桃山は内勤が外勤よりも自給が100円安いのは口のせいだと思った。

今日が兎年、明日は辰年と言う日にプレハブ小屋の中は喜劇が終わって巻き起こる拍手のようにパチパチカサカサと葉書の音がした。年賀葉書とはこうしてトランプのように巻き上げられるものなのだ。少女達は喜劇が終わって拍手をする時に笑い話をしていた。「ちょっと!もう、話している時間はないのよ」おばさんは少女達の口を視線で縫いつけた。「喋っていると手元が狂うし、遅くなるから黙ってやってちょうだい」

少女達はつまらなそうに仕方なく拍手を始めた。桃山は拍手が上手かった。忙しすぎて一人でスタンディングオベーションをしていた。

昼休みが終わって最後の年賀葉書を入れたかごが来た頃には皆、スタンディングオベーションだった。そんな中、電話が鳴った。電話の置いてある机にいたおばさんが受話器を取った。桃山はおばさんの様子を意識的に見ていた。

おばさんは段々親しく話し始め、バラード系の歌を聞き終わった後のしっくりした表情で長電話の兆しを見せた。

少女達はそれを見て口々に愚痴り始めた。「人に言っておいて、自分はどうなの?」

話をする暇がないことなんて誰にでも分かっていた。桃山もおばさんとは親しく仲が良かったが、心配していらだち始めた。しかし、おばさんのしっくりした表情と会話が桃山の心に何かを訴えかけて、いらだちは愚痴り続ける少女達に向いた。

「あなた達にはわからない」桃山は愚痴に対して腹立たしく思い少女達の前に立って言った。しかし、その顔は天を見上げるように明るかった。「今、彼女は昔からの戦友と会っているのです。私達が生まれる前から彼女達は共に働いていたんです」

電話をしているおばさんは少女達の愚痴愚痴が耳に入っていない様子だった。ただ、受話器を耳に押し当てたまま、盲人のように焦点を合わさずに心と意識だけがはっきりしている様子だった。そのはっきりしている心と意識さえ受話器に注がれていた。

少女達が愚痴るのに飽き始めた頃、おばさんはやっと受話器を戻して我に返った。おばさんは受話器を持っていた時の笑顔のまま、「内藤さん」と桃山に言った。「桃山君達によろしくって」

桃山は驚く様は見せないでただ感激した。「あなたは内藤さんと会う機会が今でもありますか?」

「ありますわよ。私達は同じ隣町の団地で暮らしていますから」

「では、こう伝えてください。「こちらこそよろしく。良いお年を」と」


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Here and now, unfortunately, ends my journey on PixabayによるPixabayからの画像

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