ウルトラマンがSFになり切れない理由

2022年4月28日木曜日

映画レビュー

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子どもっぽいといわれる理由

ウルトラマンは空想科学イコールSF

ウルトラマンを始め多くの特撮作品が「幼稚」、「こどもっぽい」と評価されることは少なくありません。

一方、SFは大人向けの作品も多く制作され、非現実性を感じさせない十分な説得力を追求してきたジャンルであると思います。

本記事では、大人向けともいえるSFというジャンルと比較しながら、特撮が幼稚に見える原因の一つに変身部分の説明不足があるのではないかという視点で話していきたいと思います。

半世紀もの歴史を持つウルトラマンは「空想特撮シリーズ」の名を冠した通り、ジャンルとしては「特撮」が筆頭に来ます。

ただし、空想科学を用いた兵器、宇宙船や宇宙人が登場することからSFの要素も十分に持っていることは間違いありません。

特撮というのは非現実的なものを合成映像やミニチュアで再現する「特殊撮影」の略ですからこれは制作過程を加味した種別になっています。

一方、SFはサイエンスフィクションの略であり日本語で言えば空想科学です。

こちらも作り手の視点という意味では特撮と同じく制作側を主体として区分されたものといえますが、それがSFか否かはストーリーの内容で判断されます。

つまりウルトラマンを小説にしたら特撮ではなく、SFにもなり得るということです。

ウルトラマンの前身であるウルトラQもSFでした。

海外のヒーローは変身に力を入れている

もう一つウルトラマンに当てはめられるジャンルがあるとすれば、スーパーヒーローだと思いますが、SFも含め特撮がそれに先んじているようです。

変身部分に並々ならぬ努力が見られるスーパーヒーローの代表格にマーベル・スーパーヒーローズのスパイダーマンとアイアンマンがあります。

もちろん現在の科学力では同じようにするには難しいですが、それでも人間からヒーローに姿を変える工程をなるべく見せるようにしています。

ヒーローのスーパーパワーと私たち人間になじみ深い物質的なスーツが融合しているからです。

ここに視聴者が現実的に"あり得る"と思える説得力があるのだと思います。

この過程の見せ方もとても上手いと思います。

どちらとも変身スーツなるものを作る過程を見せ、試作品や失敗作があり、最初は装着するまでに時間がかかっていますが、改良に改良を重ね、最終的には一瞬で変身できるようになります。

一方、ウルトラマンシリーズと言えば、基本的に変身アイテムから光が放たれその光に包まれて変身します。

人間からウルトラマンになるまでの過程は見えないようになっています。

ここが非科学的な領域を残している原因の一つであり、題する空想科学の領域に届いていないところだとも考えられるのです。

変身に力を入れてみたウルトラマンシリーズ

とはいえ予算の問題から怪獣による街の破壊や戦闘シーンに力を入れた方がいいとも思います。

それに光に包まれるというのは私たち人間の見地からではまったく領域の及ばないもので、本当は一番科学的なのではという見方もできます。

私たちの科学に対する常識がまだウルトラマンに追い付いていないということです。

ですから私たちの科学がもっと発達し、人類が物質の変換について突き詰めていくと案外変身するときに光になるのが現実的と認識されるようになるかもしれません。

また、ウルトラマンはもっぱら子ども向けですので人間が巨大なウルトラマンに変身する過程をリアルに再現するとグロテスクになってしまっていけないという考え方もできると思います。

それを見せないための綺麗な光・・・とか。

私が知る中で唯一、人間からウルトラマンに変身する過程をできるだけ再現しようと試みられた作品が、ウルトラマンネクサスの前身である映画「ULTRAMAN」に登場するウルトラマン・ザ・ネクストへの変身シーンです。

痛みのような熱のようなものと共に生身の人間の体にウルトラマンの紅白の模様が浮き出て、変身する人間はとても苦しそうにしています。

それ以来、ウルトラマンの変身シーンの詳細に挑戦した作品に私は出会っていません。

漫画「ULTRAMAN」の変身はアイアンマンに近く既視感があり、オリジナリティの面で言えば、先を越されてしまった感があります。

元々ウルトラマンはメカニックというよりもバイオメカニクスの方面ですので、リアルを追求したとしたら「進撃の巨人」がそれに踏み込んだ作品となっているとも思えます。(進撃の巨人はウルトラマンに影響を受けた作品ということですが)

ウルトラマンの影響を受けた作品として庵野秀明監督の「新世紀エヴァンゲリオン」がありますが、こちらはロボットにしたことによりリアリティを感じやすいのかもしれません。

ウルトラマンは未知のヒーロー

色々と考えてみましたが、人間が巨人、ウルトラマンに変身するというのは他のヒーローに比べて難解な課題だと思われます。

小さな人間が大きな宇宙人に変身する。

これが質量の比較で単純に頭で整理することができません。

矛盾を感じてしまいますし、その矛盾を説得できるだけの材料がない状態なのです。

もしかしたらそれが現状打開できないのでアメリカなどはそういう作品がメジャーにならないともいえるかもしれません。

それでも庵野監督の「シン・ウルトラマン」の公開映像でウルトラマンがまっすぐロケットのように飛ぶ姿はスピード感と巨大感がマッチしていて「かっこいい!」と熱くなりました。

人の手に負えない怪獣が迫る絶体絶命の時、人間じゃない存在が人間の味方であって、謎めいていて無口で正義だけを貫く、あんな心強い味方が駆けつけてくれたら。

これぞ本物のヒーローだと胸を張って言える存在です。

今は子ども向けな作りになっているので、光に包まれて変身するところがちょっと端折ってるようにも感じられるのかもしれませんが、もともとウルトラマンは未知の生命体です。

宇宙人です。

UFOやグレイ、そして光に吸い込まれて忽然と姿を消してしまった、おそらく連れて行かれたであろう人間のように、オカルト的な部分を強調したら、その光というのももしかしたら大人を説得し得る材料になるのかもしれません。

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