戦争はもう古い
パワハラや上下関係を忌避する若者の価値観から
SNSが発達し、政治家や軍人ではなく一般国民同士が緩やかな"交渉"が常時できる現代においては、お花畑だとか平和ボケと揶揄される反戦意識とそれを表すデモ行進こそ、兵器に匹敵する抑止力を持つのかもしれません。
ロシアのウクライナ侵攻が進む中、ロケットによるビルの破壊などが連日報道されています。
戦車、装甲車が映し出され、現地は物々しい様子です。
反面、その中で人間的な話題は目を引きます。
ウクライナ人のおばあちゃんがロシア兵に突っかかって、ロシア兵が静かにそれを聞いているだとか、戦車がガス欠で立ち往生しているロシア兵に車で通りかかったウクライナ住民が声をかけてジョークを言ったり。
死者も出ていますからそれに関してはもう取り返しのつかない悲劇ではありますが、ウクライナとロシアの間にはまだ人情というものが残っているようです。
ロシア兵の士気の低さが目立ちますが、その原因はこの戦争には大儀、目的がないというのが一般的な感想のようです。
私もこれまで今回のロシア・ウクライナについて何稿か記事を書いてきましたが、憶測ばかりで本当のロシアの思惑、プーチンの思惑をいまだ理解していません。
そして日本のテレビではウクライナの防衛についての評価が話のネタにされています。
ウクライナが抵抗するのは是か非か、諸外国による援助や募金など、見方によってさまざまな意見があります。
日本でも自国の防衛や自衛隊の存在意義について度々、議論されてきました。
防衛に対する反対意見としては、交渉だけでは国は守れない、軍備による抑止力が必要だ、「戦争反対」と言っているだけでは意味がないと。
日本は平和ボケしていると、同じ日本人から言われる始末です。
ですが多分どちらも戦争を体験していないのでしょうから本当に実感をもっていっているわけではないのです。
少々馬鹿にされる「平和ボケ」ですが、今回のウクライナ侵攻でもしかしたらそれも無意味なわけではないのではないかと思った次第です。
というのも、ロシア兵の様子からこんなことを思ったのです。
ウクライナ住民からパンと紅茶…涙を流すロシア兵士(中央日報日本語版)
ロシア兵は降伏した後、ウクライナ住民からパンと紅茶をもらい、家族とテレビ電話で話させてもらいます。
そして泣いてしまいます。
もしかしたら殺していたかもしれない相手からです。
降伏してよかったと心から思ったのではないでしょうか。
ロシア兵はおそらくこれまで訓練されていたはずです。
それでもやはり戦争への意識とは遠いところにいたのでしょう。
それが現代の価値観なのです。
ロシア兵が戦争に消極的な様子は他のニュースからも観られます。
直近ではベラルーシの兵が派兵を拒み参謀が辞表を提出したといった記事が出ていました。
理由は不明ですが、ロシアにしてもベラルーシにしても、戦争が過去のものになり、映画やゲームの世界のものになり果てた後、そして戦争は多くの犠牲を生み、不幸をもたらすものと教育された現代においては、生活に馴染まない方法なのだと思うのです。
そう考えると、平和ボケというのは嘲笑する言い方ではありますが、逆に戦争を冷笑する価値観でもあり、結局はこういった人の理解が最大の抑止力になり得るのではないかとも考えられます。
だからと言って自衛隊はいらないとか、兵器がいらないとかそういう話にはなりません。
それも必要でしょうが、デモや反戦教育、手を取り合っていけるはずという一見夢見がちな思想と行動も、あながち意味がないわけではないということが今回見て取れたとも思えたということです。
これまで上の言うことは絶対、つらいことには黙って耐えろという考え方も変わってきています。
ロシア兵の士気の低下をウクライナの抑止力と呼ぶのは攻める側のことですので不適切かもしれませんが、人々が共有する反戦意識が戦争を止めるといった意味合いで解釈いただければ幸いです。
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